アメリカスカップ 2月25日

 風は何色 − パート2
2月25日にアリンギでウエザーワークステーションという記者会見があり、ジョン・ビルジャーとジャック・カットフィーがアリンギのシステムについて説明してくれました。「サイドストーリー」とだぶる部分もありますが、両方を読んでいただけるとわかりやすいと思います。

アリンギのウエザーチームの仕事は:
1) 最初のシフトとよばれるように、第1レグでの風の変化を予想する。
2) レース時間中の風向・風速の変化の予想。

このために必要なことは:
1) ベストなデータを収集する。
2) データを分析・解析するためのベストツールを開発する。
3) プログラムを実行するためのチームワークをつくる

アリンギはベストなデータを収集するために、8艇のウエザーボート、レース艇、15箇所からの定点観測データをセルフォンネットワーク(携帯電話回線を利用した無線ラン)でつなぎ、リアルタイムのデータを海上で見ています。回線は暗号化してありますが、誰かが入ろうと本気で取り組めば入られてしまう可能性もあるといいます。ウエザーボートはコースの風上、風上の更に上、スタート付近、左右両サイドの他にその日の風向で地形の影響を受ける場所に配置され、アンカリングするか、シーアンカーを打って気象データを測定します。測定は毎秒ですが、ランに送信するのは1分ごとで、これらのデータは自動的にアップデイトされていきます。レース海面にはジョンとジャックも出ていますが、ジャックの仕事は予報と現実が一致しているか、異なる点があるとしたら、それは何かを現場で分析することです。

15箇所の定点観測はカップメットというアメリカスカップのために開発されたウエザーサイトで、各シンジケート用にデータをまとめたサイトがあります。(ニュージーランドのメットサービスという会社で1ヶ月10万円以上の料金で各シンジケートがデータを買っています)アクセスできる人は限られている有料サイトです。ここから天気図、レーダー、気温、降水、他の気象情報を入手します。

また、アリンギは海上のブイ2箇所、アリンギと他のシンジケートとでシェアしたウインドプロファイラーからのデータも利用しています。ウインドプロファイラーはオーストラリアのATRADという会社が設置したレーダーを利用して上空100メートル、2キロ範囲の風を測定する装置ですが、(写真はシドニーの空港に設置されているものです)16メートル四方にアンテナを張り出して電波を使って測定します。

ここまで説明したデータはチームニュージーランドも使っているものばかりで、データ収集、海上でのオンライン化という点で、アリンギ独自のものというのはないかもしれません。

では、集めたデータをどうしているかというと、ジャックが所属しているCSIROという会社の気象解析プログラムにデータを読み込んで、キュービックモデルを作成しています。この3次元のモデルがアリンギオリジナルで、どんな解析をするのかは、秘密です。キュービックのグリッドの大きさは5キロ以下ということはわかりましたが、1−2キロ程度でやっているのではないかと想像されます。モデルで解析されたものはズームインして、レースエリアの5キロ四方を見ることができるそうです。

風速や風向、雲をチェックするレーダー、予想天気図などは全部モデルに取り込まれ、使いやすいグラフにして表示されます。これだけの作業ならば誰かが陸にいて、陸から出来る仕事なのかもしれませんが、現場に出て、レーダーに現れない雲を見たり、記録に現れない次に来る風を見たりする作業はウエザーチームの目にたよることになります。ここまでの作業内容はチームニュージーランドもかわりないと思います。

差があるのは、チームワークの部分だと私は想像しています。アリンギのウエザーミーティングは午前6時半に集合、気象データを取り込み、海へ出る準備をします。8時半からアフターガードとトリマーを含めた気象ミーティングを行い、その日の天気の傾向を説明します。簡単な日と複雑な日がありますが、簡単な日は:
「南東の風10−20ノットが午後になって東25−30ノットになる。
 TWD(風向)の傾向: 左
 TWS(風速)の傾向: 強まる」 これを天気図や他に必要なデータを見せながら説明し、全員が今日どんなことが予想されるかを理解しておきます。トリマーはそれを頭においてセールを選択します。しかし、実際に海へ出てみるとコンディションが微妙にずれていることがあります。ここで経験の差がでてくるのです。同じ情報を見て、同じ海面を見ていたとしても、注意して見ている点がちがってくることもあるでしょう。マリー・ジョーンズのように95年からずっとマストの上からレース海面を見てきた人にいわせると、「100回見て意見を聞かれてきた人と、20回しか見ていない人とでは、あたるかはずすという精度もちがうけど、変化の気配に気がつくのが早いから、自分がマストにあがり続けるんだよ。」気象チームから得た情報をレース艇に乗る人間がどこまで利用できるのか、そして変化に対応することが素早くできるのか。これは第3レースでスタートの7分前に右シフトを予測した情報を両艇とも得ていたにもかかわらず、しっかりその情報を使えたアリンギと、アフターガードが混乱してしまったチームニュージーランドの差になり、明らかでした。

日本の気象システムは最先端の技術を利用して、世界でも進んでいると思います。ここに紹介したものも、特にめずらしくないものかもしれません。従って、お金さえ出せばデータも揃うし、システムを構築することも簡単にできるでしょう。しかし、同じデータがあったとしても、それを利用して、現場で風を見るとなると、最後には人間の目の戦いになるわけです。ジャックは微妙なずれという表現をしていましたが、空気が摩擦を受けて変化する方向などはコンピューターがすべてを計算して出すような結果だけでは判断できないということなのでしょう。あたる外れるという考え方はせずに、ずれている時に素早く修正していく能力が問われているのです。

アリンギもチームニュージーランドも気象には相当な予算をかけてきており、金額についてはノーコメントでした。人件費、開発費、ハード、ソフトにかかる費用を換算すると、億単位の費用がかかっているのでしょうか。アメリカスカップだからこそできることなのかもしれません。最新の技術を導入できる凄いヨットレースであることをあらためて認識させられました。そして、そこまで気象にお金をかけて、最初のシフトにこだわるようになったということは、ボートスピードの差がACクラスにおいても僅かな差しかならないところまで、艇のデザインがいきついてしまったということなのでしょう。
(2月25日 オークランドにて)




アリンギのジャック・カットフィー(左のひげの人)とジョン・ビルジャー (右)。ジャックをスカウトしてきたのはジョンです。


各ステーションからの風速データをまとめた折れ線グラフ。このデータはど のシンジケートも皆もっていますから、見せて平気なのです。


ウインドプロファイラーはオーストラリア製です。カップ用に設置されたも のは紹介できませんが、同じシステムでシドニー空港に設置してある装置です。(P hoto by ATRAD)



「アメリカスカップを見るサイト」
http://www.americascup.yahoo.com
ここへ接続し、 Results で成績を見てください。

文・写真:斉藤愛子

※本WEBページ掲載内容の無断転載を禁じます。



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