プロフィール
AIKO 21世紀になりました。2000年大晦日に地球をノンストップで1周してくる 「ザ・レース」のスタートを見送った後、バルセロナで新年を迎えました。
大失敗に終わったシドニー五輪キャンペーンの悪夢は20世紀においてきましたから、2001年はもう一度、初心に戻ってヨーロッパ級に乗ります。シドニーを目指した時のように100%自分の練習にかけていくことはできませんが、470女子チームのコーチをしながら、自分もセーリングを続けていく予定です。

ヨットを始めたのは小学校3年生の4月。東京オリンピックが終わった後に神奈川県・江ノ島にできたジュニアヨットクラブに入ったのがきっかけです。ヨット歴は30年以上になってしまいました。

高校を卒業してからは英国に3年半留学する機会がありました。語学と秘書養成学校のようなビジネススクールに行きましたが、その間も週末と休みは殆どヨットに乗る生活でした。英国は世界1ヨットが盛んな国で、そんな場所にいたから余計でした。
1979年には女子世界選手権で6位、翌年の80年にはヨーロッパ選手権で優勝もしました。

帰国してからは外資系の会社で事務職についていましたが、1988年ソウルオリンピックから女子470という二人乗りの種目ができ、30歳で初めてオリンピック出場。92年バルセロナにもチャレンジしましたが、代表選考で敗退。96年のアトランタではヨーロッパ級という一人乗りの種目で2度目のオリンピックに行きました。

高校生の頃からヨット雑誌に投稿したり、レポートを送ったりしていたのがきっかけで、英国留学中には「愛子の英国日記」というのを舵誌に掲載していただきました。その後はヨッティング誌に10年間、「アプルサップ・メモリーズ」というエッセイを連載させていただき、それをベースにして、「オリンピックをやめられない」(エイ出版)をまとめました。
今はマリンウェブサイトに送り続けたアメリカスカップ情報やデイリーレポートをベースにして、アメリカスカップ2000のことをまとめようとしているところです。

AIKO
25歳で結婚してから、家をよくあける妻を続けています。この頃はE−メイルが便利になりましたから家との連絡も簡単で安くなり、英国に留学していた頃よりも世界がずっと狭くなったのを実感しています。

87年からお世話になっている東亜建設工業ではマリン文化推進室にいます。
「世界のマリーナ」という写真資料集をまとめたのは92年バルセロナオリンピックの予選で負けた後でしたが、シドニーの選考で負けた後は東亜建設のウェブサイトで「マリーナ散歩録」を始めました。自分で歩いたマリーナやヨットハーバー、ヨットクラブを紹介していきます。デジカメ、メイル、ラップトップを抱えて、まだまだ各地を歩き回ります。


オリンピックをやめられない 著書に「オリンピックをやめられない」
(エイ出版 1800円)がある。


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